アルゴリズムと雨樋の法則
私は雨の日の運転がたまらなく好きだ。
しっかりと撥水剤で手入れされたフロントガラスに雨が当たり、弾かれ、走り去る様は気持ちがいい。
小汚くベタベタに染み渡るフロントガラスを見ると私は理性を失いかける。
血液型と性格の因果関係に明確なエビデンスは無いと言われるが、私はどう見てもA型
丁寧にデッドニングされた天井に雨が当たる籠った音も良い
水溜りを踏むのも好きだ
日本の道路は左側通行、必然的に左側の路面が荒れて水溜まりができやすい。
私はわざわざ水溜まりを踏みに行く
左フロントタイヤのキングピンにガタが来て、ジャダーを引き起こしているのはそのためだろう。
このJB23と言う一つ型遅れのジムニーも私のお気に入りである。
新型が出れば大抵はそれに気を取られるものだ。しかし、私は見向きもしなかった。
理由はいろいろ有るが「必要ないこれで十分だ、作り込んだ私のJB23にかなうまい」と言うのが最もな理由を占める。
私は自分の事を「唯我独尊の道具マニア」であると分析している。
我こそが具ヲタの真骨頂。
でなければこのHPの鋭具のようなものは生み出せないだろう。
ただ、一般的な具ヲタの見識とは異なり。何でもかんでも物は試しにと買い集め、並べ、飾り立てる事には断固批判的であるどころか、嫌悪感を感じる。
私の場合は一つの道具に対して向き合いしっかりと実用し、手入れをし、その性能を最大限に引き出す努力をしながら使い切り、その道具に対し敬意を払う事にある。
それゆえにJB23のような心理に至る。
本当に物が好きなら。どこまでその物に深く向き合えるか。ってのが焦点になる。これは物を開発する上で最も大切な精神であると本業でも後輩に口酸っぱく説いている。
なので私は気に入った物を語りだすと話が止まらない。
さて、雨樋の話をするには前置きが長すぎた。
JB23で一つきに入らない点がある
それがこの動画の内容となる。
最後のロードスターは後輩の車だ。
気持ちよくていい車だが私のライフスタイルには合わないだろう。
このブログはこの動画のその後の改善について記す。
この動画ではAピラーの途中まででプラモールが終わっていた。
これはあまり都合が良くなかった。
丁度指の位置に水滴が漏れる事になったのだ
ボンネットの上と空調の出口だからなおさら都合が悪い
もう一つ改善したいことが有った。
窓開を空けて走行中にウォッシャーワイピングすると、顔面に水が飛んでくるのだ。
ワイドバイザーにしたら改善されると思っていたが
むしろワイドバイザー化にしたことによって空力が変わってしまい狙ったかのように顔面真横から噴射してくる。
これでは雨の日も楽しめない。
私は煙草を吸わないが、空調を付けて運転をするのが好きではない
室内温度の管理は基本的に窓の開け閉めだけで対応している。
だからワイドバイザーを前から装備したかったのだ。
実運用した結果Aピラー全域にモールを張り巡らすことにした。
これが実に都合がいい。
何故か昔から雨対策、悪天候対策、排水対策のようなことが好きだ。
私の自宅には一見変わった排水管などが取り付けられて雨水で遊んだりしている。
これでウォッシャー液もモールを伝って後ろに送り出されて後方へ飛んで行く。
とても気持ちが良い。思う壺状態
見た目も縁取りエッジが効いて心なしか角ばって見える。
中々のワンポイントだ。
またまた、更にJB23を気に入ってしまった
このブログでは動画で端折った部分を紹介しておこうと思う
まず、この配線用のモールはホームセンターで売っている。
本来ならば長尺一本でAピラー全域を覆いたかったのですが、1mしか売っていなかったので途中で継いでいます。
継いだつなぎ目にはシーラントを塗っておいた。
本来は下部と上部分があって嵌め合わせて配線を養生する。
形状的には下部が適任なので、運転席はモールの下部を使用した。
それだけのために上部を捨てるのはもったいないので、上部は助手席側に使用した。
左右非対称にはなるが対して分からないし、自己満の世界だ。
私は左右非対称が気になるタイプではあるが、それだけのために倍の値段を掛けてゴミまで発生させる気に至らなかったのでそのようにした。
これがモールの上部を使った助手席側。
角がラウンド形状を描くので端が若干浮く。
あまり好ましくはない。
これの都合が悪いと思ってから新たに購入して下部で作り直しても遅くはないだろう。
ヒートガンで現物合わせをすればいいのですが、ヒートガンなんて滅多に使わない物にお金と場所を使う気になれない
銭出す前に知恵を出し、具を出す前に技を出せだ。
無い人は少々難易度が上がるがバーナーで十分だろう。
目測で曲げてもいいけどこの方法が確実。
コーナー部分に段ボールを置いて殴る
ほらちゃんと型が出来たでしょ
そしてモールの位置合わせで目印をつける。
この型に沿って曲げていけば一発で決まる。
曲げるときは根元からゆっくりと引っ張りながら曲げて行く
曲げを行う時は曲げる部分が中央にくるように両端を持って
引っ張りながらゆっくりと
少しづつ形状合わせ。
しっかりと曲がり形状が出た
写真を撮りながらやっていたら少し焦げてしまった。
まぁ、いいでしょう。
このモールは紫外線には強くなさそうだ。
使っていればそのうち劣化してダメになるだろう。
でも何だかんだこうやって作ったものは案外長持ちする傾向にある。
ダメになったら今度は対紫外線塗装でもして作ってみよう。
売り場で一番安かった対候性の両面テープ
曲げたモールは貼り付け面をしっかり平らに成形しておこう。
幅に合わせてテープを切る。
位置合わせは継ぎ目を少しはがして仮止めしておけばいい
こんな感じだ
うん、なかなかいい感じ
助手席側もAピラー全域に張り巡らせておいた。
雨が降るのが待ち遠しい。
うん。いいじゃないですか。
駄々洩れ対策を目的として製作したこのモール
手段と目的は常に明確にしておかなければならない。
本来ならば最も効果を発揮する場所は指の位置だ。
この位置ならば落ちてくる水に加速度がつく前にモールでとらえる事が出来る。
ではなぜ実用重視の私がこの位置にモールを取り付けたのか。
それは運転席はアンテナがあり、この位置にしかつけようがなかったからだ
助手席側はアンテナが無いので最も効果を発揮する指の位置に取り付けようとした
しかし、あまりにも左右非対称がひどすぎて耐えきれなくてこうなった。
その立地のどうしようもない打開策としては
水のキャッチ力を上げるためにモールの天井側を少し立ててやることだ。
これによってせき止め力が上がるが、思ったよりもキャッチしているのでしばらくこのままでいこうと思う。
さて、このブログの題名を
「アルゴリズムと雨樋の法則」としました。
youtube動画の冒頭にも出てくるこのアルゴリズム
最近これに関して、怖いなー!って思うことが有りました。
ここで言うアルゴリズムは検索された単語に対して、どのページを上位に表示させるかという計算方法です。
つまり、インスタで女性ばかりを見ていたらそれが記憶されて、アルゴリズムは「こいつは女好きで、その中でもこの系統がすきだから、これ出しとけ」と言う感じで好みな女性ばかりが出てくるようになる有難い計算方法です。
そしてこれは機械学習されてゆきます。
つまりAIアルゴリズムです。
上手く使えば検索効率が飛躍的によくなります。
私はめっきりyoutubeを見なくなりました、もう3・4年くらいはまともに見ていないと思います。
youtuberとして何かしら目立ちたいのであれば他のyoutubeを見て研究し、内容や編集手法をあの手この手で対策して視聴回数を稼ごうとするだろう。
しかしながら私はその手の配信者ではなく、どこかすかした感じの遠目で見てる部分がある。
インスタなどのSNSも私の中で急速に冷めつつある。
会ったこともない関わりのない人間に何故事故主張をする必要があるのかと。
自分の時間をそこに使うほど意味があるのかと。
おそらく実社会の生活や仕事である程度認められ満足していると、サイバー空間に承認要求や自己を顕示する意味合いが薄るからだと思われる。
我ながらなかなか薄情な奴だ。いや、欲が無いともいえるな。
では何故、私はyoutubeを配信しているのかと言えば一番は物作りと同じ感覚だろう。
動画を造ると言うのは自分の作品を造るのに近い感覚がある。
そして、貴重な情報を出せば喜んでくれたり感謝されたりするやりがいもある。もちろん単に情報だけぬかれもする。
そんなある日とあるSNSでこんな投稿を見かけてた。
60代のおっさんとおもわれる。
「youtubeでたまたま出てきたカヤックの動画を見て憧れて、それからカヤックの動画を見あさってついにカヤックデビューしました。」
怖い世が現実味を帯びてきてるなと思った。
申し訳ないがその人のアルゴリズムの要素を全て調べ時系列にさせてもらった。
おそらくたまたま出てきた動画は私の娘とのダウンリバー動画と推測できた。
彼のツイートやインスタの投稿を見ていたら見事にアルゴリズムに誘導された興味の移り変わりを示していた。
もう、完全にアルゴリズムが彼の人生を牛耳っているように見えました。
彼がすごく楽しそうなので余計に感慨深かった。
その他のアルゴリズムの傾向と彼の身辺から推測するに高い確率で彼は次に登山に興味を示すだろう。そしてそれはUL系統の登山だろう。
人の衝動は予測できないが、アルゴリズムのコースメニューは予想できる。
これは影響を受け易い人ほど傾向が強いようだ。
影響を受け易い人とは人を崇拝し易い人のように思う。
私のように自分1番な人間は他人に憧れを抱かないので陥りにくい傾向ではある。
「たまたま出てきたカヤックの動画」
これ実はたまたまじゃないんだ。
AIアルゴリズムがわざと出したんだよ。
怖くない?わかる?
結論から言いますとこれ
人間がAIにコントロールされ始めてるわけですよね。
今、何か新しい事を始めようと思ったとします。
それ、本当にあなたが自分自身の純度100%で決めた事と言い切れますか?
AIとかアルゴリズムが介入してませんか。
フェイク画像やフェイク動画ってのが最近多くあります。
人間ではもう判別できないぐらいの精度です。
これを唯一判別する事が出来るのは実はAIだけです。
「この動画が嘘か本当か人間では分からないからAIで確かめよう」
この動画は嘘なのにAIが本当と言った場合どうなるでしょう
人間はAIに判断にくわえて決定権すら奪われ始めてるわけですね。
ネットを通して人と知り合う。
少し昔はヤバい奴って言われてましたが今ではごく普通の時代です。
はい、仲良くお友達になりました。
アルゴリズムさんは後ろで腕組をして「よしよし。そうだろう、そうだろう。君たちはお似合いだと思ったんだよ」と言いました。
題して「アルゴリズムのお友達」
なんてことが有ったりしてね。(笑)
ま、でもAIだろうがアルゴリズムだろうが便利に違いありません
使わない手はないでしょう。
付き合い方が大切ですね。
このまえ私は国吉城というお城へ行きました。
その山頂で偶然にも城マニアと知り合い城巡りを始める事になりました。
この決断にアルゴリズムは有りませんでした。
そして、ふとその時思いました。
そういえば俺ってさ
登山始めるときも、MTB始めるときも、カヤック始めるときも、一切アルゴリズムやAIの干渉を受けてないよな。
山の中で遊んでる時に自発的に思い立って衝動的に始めたよなぁ
自分自身の純度100%で決断してるなぁ
AIは衝動を見抜けないな。
と思った次第です。
しかしながらアルゴリズム君と登った山が沢山あるのも事実です。
別にネットの影響で何か新しい事を始めるのが悪い事ではないし、むしろ瞬時に情報が共有できる素晴らしい時代です。
ネットが無ければ知りえなかったことも知れるようになりました。
しかしながら、SNSの投稿でそのあたりを調べて分析していたら、なにやら気持ちが悪いような気がしてきました。
アルゴリズムによりフィルターバルブが生じて、自分の見たいものばかりが表示される。
自分の見たいものしか見ない、自分の信じるものしか見ない。
これは一種の宗教であり催眠状態である。
右を見たら左も見なければ事故に遭う。
私は情報社会において主導権は常に私でありたいと思う次第です。
追伸、アルゴリズム君
私は貴方を撹乱しようとInstagramで実験をしておりました。
マッチョな女性ばかりを表示して私がマッチョな女性が好きだと誤認させたらどうなるか。
アルゴリズム君はまんまと私がマッチョな女性が好みだと思いました。
しかしながらあまりにもマッチョな美人ばかりを出すので逆にまんざらでもなくなってきた。
と言う救い用のない事態を招きました。
チキショウ!アルゴリズムめっ!
人の好みまで変えるマインドコントロール力!
恐るべしアルゴリズム!侮れない。
地球上の生物は5度絶滅を経験しそのたびに強くなってきた。
次の絶滅で人間の代わりに覇者となるのは人間が生み出したAIとも言われている。
どうも外力の回しで生きていくのが苦手なkentarouでした。